2015年4月24日金曜日

お世話になった方々のこと




街路樹の若緑色が目に鮮やかな季節ですね!

みなさんはお弁当持ってピクニックなんか行かれましたか?

私の密かな楽しみは、れじとん(旦那)と一緒に、マルセイユからフェリーで30分程の沖合にあるフリウル島で週末を過ごす事。



知り合いの持ってるアパートを借りて、そこで潮の香りに包まれながらぼーーっと過ごして、、、夕方になり観光客がみんな帰った後、レストランで獲れたてのイワシを焼いてもらって食べるのです!! もう、最高に美味しいのだぁ〜っ!!!!

今年は2人とも忙しくて、まだ実現してませんけどね(涙)。。。



さてさて、1つお知らせを。

以前にもお知らせ致しましたが、今年の8月1日に東京のティアラ江東にて開催されます「真夏の第九」コンサートにて、指揮を担当させていただく運びとなりました。

この演奏会が、私にとって公式な「日本デビュー」ということになります。

デビュー演奏会の演目がベートーヴェンの第九交響曲だなんて、私はなんと幸運なのでしょうか。。。

「デビュー」という言葉に似つかわしくもない、エエ歳した大阪のオバちゃんですが(笑)、こんな私を信じてずっと応援し続けて下さった方々に具体的に感謝の気持ちを示し、恩返しをする機会をようやく得たのだ、と考えている次第です。

そしてまた、下積み期間を長く過ごした者として、このような大きなチャンスをいただけることのありがたさは、それはもう、ものすご〜く!!身にしみて感じております。

その分良い仕事をして(なんか英仏語の直訳みたいな文章ですね(笑))社会にキチンと還元せよ、ということですね。

まだまだ未熟者ですが、出来る限りの力を尽くす所存です。

みなさま、どうぞよろしくお願い申し上げます!!!





このような光栄なお話をいただくと、頭に浮かぶのは、やはり今までお世話になった数限りない方達ですよね。。。

私のような頼りない者がいまだに音楽を続けていられるのは、助けて下さったり勇気付けて下さったり根気良く教えて下さった方々との出会いがあったからだと心から思います。

お世話になった方々について1人1人ここで書き始めると、プルーストやドストエフスキーも顔負けの巨大長編になってしまいますので(笑)、数人だけここに挙げさせて頂きます。



まずは、両親。

音楽の勉強というのは途方もなくお金とエネルギーの要るものなんですよね。。。

ウチは裕福でもなんでもない普通の家庭ですから、両親にかかる負担は相当なものだったと思うのです。

でも、両親は、そんなことはおくびにも出さずに私が好きなだけ音楽を勉強できるような環境を作り続けてくれました。

よくレッスンにもついて来てもらいましたし、練習を嫌がる私を叱咤激励したり、受験準備でナーヴァスになっている時にも、根気よく傍についていてくれ、フランスに留学までさせてくれました。

一方で、音楽一辺倒で社会性の全く無い子に育たないよう、あちこち旅行に連れて行ってくれたり、色んな人達と触れ合う場を多く持たせてくれたり、深い愛情で私を育ててくれました。

両親の理解と愛情がなかったら、今頃私が音楽の道を歩んでいることはなかったでしょう。

お父さん、お母さん、ありがとうございます!!!!




次に、れじとん(旦那)。

私は23歳で電撃結婚しちゃった(笑)ので、パリに居を構えてからの全ての事は、れじとんとの二人三脚でした。

結婚当初我が家には笑っちゃうほどお金が無く(笑)、お互いに出版社やピアノ教師のバイトをなどをして何とか生き延びておりました。

そんな状態でも、れじとんは昔からずーっと、私の夢の実現を応援してくれていました。ウチには子供がいないとはいえ、家庭の事情で私の音楽の勉強や活動が拘束されたことは今まで全くないです。

それに、れじとんは昔から私にとっての「歩く辞書」のようで、わからない事があると何でも訊いて教えてもらっています。
私が身につけたヨーロッパの文化人としての一般教養と、専門家としての知識の大半は、れじとんから教わったようなものですね。

私が音楽家として独り立ちして歩んでゆけているとすれば、それはれじとんとの出会いのおかげ。彼の存在と愛情なくしてはあり得ない事だったと思います。

れじとん、ありがとうございます!!これからも共に成長できればいいな!!!



次に、永冨正之先生。

私が中学2年生の頃から芸大を卒業するまでずっとお世話になった作曲の先生です。

優秀な先輩揃いの永冨門下の中で、一番末っ子の出来の悪い「おまけ」的存在だった私ですが(笑)、先生から長〜〜い年月をかけて根気よく教わった音楽の基礎知識やソルフェージュ能力(!)があるからこそ、私は今こうしてフランスでも音楽活動を続けてゆけているのだと、心から思います。

あまりに無口な先生なので(笑)、どうやってコミュニケートしようかと、当時の幼い私は散々戸惑ったものですが、、

大阪で結婚披露宴を開いた際には、お忙しい中をわざわざ東京から駆けつけて下さり、感謝感涙でした。。。

昨年オーケストラ・ニッポニカの演奏会で、永冨先生の師匠である伊福部昭さんの作品を指揮したのですが、その際にも先生は聴きに来て下さいました、、しかも私の大先輩の夏田昌和さんの付き添いで!!

昔先生に教わった事が「元の木阿弥」(先生の口癖)になってない、という所を少しお見せ(お聞かせ)できたかしら。。。。(汗)

とはいえ、まだまだ未熟者の「末っ子」な私です。。。

永冨先生、色々とお世話になり、ありがとうございました!!!




最後に、ファビオ・ルイージさん。

今まで指揮の勉強を続けて来て、両手に入りきらない数の先生の教えを受ける機会に恵まれ、また、少なからぬ数の指揮者のアシスタントとして共に仕事をさせていただきました。

それぞれの出会いや体験から色んな事を学び、それが今の私の「糧」となっていることは間違いありません。

貴重な体験をさせていただいたこと自体に、心から感謝!です。

ただ、指揮者や指揮の先生に関しては、今まで私のことを具体的に助けてくれた、或は一歩前に進む勇気を与えてくれた人は、残念ながら1人もいませんでした。

むしろ、心が折れそうになるような仕打ちをされたり、突き刺さるような発言をされた事のほうが多かったかもしれません。

「指揮者というのは、私が人間として尊敬できる人のいない世界なのだろうか?」

と、ちょっと悩んだりした事も言い添えておきます。。

それが、数年前にルイージさんと出会って、色んな意味で救われました。

出会ってから本当に色々とお世話になりっぱなしですが、何と言っても私にとって

「自分の思い描く「こうありたい指揮者像」は間違っていなかったんだ、だってここにそれを体現してる人がいるのだから。」

と、思える様になった事はとても大きな意味を持つと思うのです。

ルイージさん、ありがとうございます!!!いつまでもお元気でいてほしいです!!!



ホント、素敵な出会いに恵まれた私は、幸せ者ですよね。。。

ここに挙げられなかった方々にも、1人1人御礼を申し上げたいです。


ありがとうございました!!!! 



さて、、、

では、仕事の打ち合わせに行ってきます(笑)。


2015年4月7日火曜日

春うらら




いやぁ〜、、春ですねぇ〜。。。

パリはここ数日めっっっっちゃ!!エエ天気。

我が家の猫達も、家中の日だまりを見つけては、ゴロ〜ンとお腹を出して気持ち良さげに日光浴。

お日様の光をたっぷり浴びるって、それだけで幸せな事やなあ、と思います。。


ところで、

先月の末、アホーヤはまた無事に1つ歳を取りました!

おかげさまで大病もせず、心も身体も健やかにここまで生きて来られたことに、そして、愛情たっぷりに生み育ててくれた両親に、感謝!感謝!です。

まあ、大体これで人生の半分くらい来たんでしょうかね?いや、もっとか?
元々あまり長生きしたいとは思ってないんですけど、、せめて世の中に少しでも役立って、幸せを届けられる人ではあり続けたいなあ、とは願っています。


人生も半ばまで来てからこんな事言うの、どうかとも思うんですけど(笑)、、、

昔、友人に「あなたは宇宙人みたいだ。つかみどころがない。」って散々からかわれた事がありました。その当時は理解できなかったのですが、最近なんとなく意味がわかるようになってきた気がします。

その、からかった友人も含めて、私の周りにいる尊敬出来る人達はみんな、色々と悩みつつも大事な節目節目にはキチンと「選択」をし、人生をちゃんと自分の意志で設計して、その設計プランの実現の為に努力を惜しまない人達ばかりです。

そういう彼らが、折々に自ら切り開いた人生を振り返って語る実感のこもった言葉には、説得力と人間的な深みが感じられて、アホーヤは
「そうか。人が人生を丁寧に全うして行くとは、こういうことなのやなあ〜。」
と、感心しつつ色々と学ばせてもらっております。

恥ずかしながらアホーヤは、そういう実のある生き方を全然して来ませんでした。

そもそも「自分の意志で何かを決めた」という覚えがないですもん(笑)。

昔から周りに言われるまま「期待に答えてみんなを喜ばせよう」と、色んな事をやって来た様には思います。

薦められるまま、用意されるままに数限りない試験やらコンクールやらも受けて、その都度良い結果が出せる様にちょっとは努力したかもしれません。(いつも良い結果とは限らなかったけどね(笑))

結婚にしたって、強い意志を持ってというのでなく、成り行きでしたし(笑)。

音楽始めたのなんて、1歳半か2歳の頃らしいから、本人の意志なわけないし(笑)。

アホーヤが何か大きな行動を起す時は、「その行為が自分の人生にとって必要だから」という理由ではあり得ません。自分以外の誰かや何かがそれを必要としているんだから&喜んでくれるから、と思うから俄然やる気が湧いてくるのです。。

でも

「1度しかない自分の人生、自分の思う様に生きなさい!あなたは何がしたいの?」

って、面と向かって訊ねられると、これが途方に暮れてしまう。。。

だって、、大元の部分で「自分の人生が自分のものである」という実感がないんだもの。

これを「自我がない」と解釈するべきなのかどうかはわかりません。
だって、アホーヤ「我欲」ありまくりですもん(笑)。
食べたいもの、見たいもの、行きたい所、好き嫌い、、、ハッキリありますし。
ただ、そのどれにも特に執着はないです。

今まで生きて来た進路の中で、ただ1度きっぱりと意思表示したのは

「指揮がやりたい。指揮者になりたい。」

ってことだけです。だから、これには執着があるのかもしれませんね。。


かなり小さい頃からずーーーーーーっと頭にあるのは、

「とにかく自分の出来る事をやれ。自分は持って生まれた能力で世の中に還元する何かしらの役目があるからここにいるのであって、それをやらずにこの世からいなくなるのが一番いけないのだ」

という、もうほとんど脅迫観念に近い使命感。

それが頭からずっと離れないから、自分の事をどこか「借り物」みたいに思って客観的に見てる部分があります。

そんな謎の客観性を持つアホーヤが、ある意味客観性とは正反対の芸術の分野に身を浸している、この矛盾よ!!!(笑)

長い間、

「こんな性格の自分って、人として致命的に欠陥アリなんとちゃうやろか?」
「もしかして私って、他人の気持ちが一切理解できてないんとちゃうやろか?」
「私の生き方に共感してくれる人は、きっとこの世に誰もいないんとちゃうやろか?」

とか色々思い悩んで来たんですけど。。。

もう人生半ば過ぎたことだし、、アホーヤのような「人間サンプル」が1つくらいあっても、まあエエんではないか、と、最近やっと開き直れるようになりましたですよ(笑)。

それに、歳とともに体力も落ちて来ますから、今までは、頼まれた事で自分の出来ることは全部引き受けてましたけど、そうもいかなくなってきましたね。
そうなると、やっぱり「選択」してかなくちゃならず、、、何を結局選んだか、という所に、思いがけず自分の「意志」を再発見し「おおお」と感動したりなんかして(笑)、なかなか面白いです。



宇宙人のようにつかみどころなく、フワフワあてもなく漂うアホーヤの人生(笑)ですが、おかげさまで、素敵な出会いや幸運に恵まれた幸せな毎日を過ごせております。

単純なので、ちょっとした事ですぐ感動して幸せ感を味わえる私(笑)ですが、、、
最近、今までに味わったどの気持ちとも違うものすごい至福感、というのを体験しました。

ようするに、「とある人と出会った」というだけの話なんですけど、、、

その人と見つめ合い微笑みを交わし合っただけで、私の中の全てが肯定され「何かが大丈夫になった」、と。
で、その後にえも言われぬノスタルジーというか充足感というか幸福感というか達成感のようなものが怒濤のように襲って来て、自分の中の何かが覚醒した。

こうして文章で書くと「なんだ。ただの年甲斐もない一目惚れぢゃないか!」って思われるかもしれませんが(笑)、そういう次元の話ではないのです。

あまりにも不思議な感覚だったので、久しぶりにスピリチュアル系の文献とかを調べてしまいました(笑)。
そして、あった!近い感じの説明が!

ツインレイ、ツインソウル

興味のある方は、上の言葉で検索してみてくださいまし。。。

そして、その「出会い」の後アホーヤはどうなったかというと、、、

「ますます使命感が増した」

全然ロマンチックな展開やなくて、すいません(笑)。



まあ、こういうエエ加減な私ですが、今後ともよろしくお付き合い下さいませ〜〜〜❤